私たちは東日本大震災の震災遺児支援をしているニッターの集まりです

「Think Of JAPAN While Knitting関西」は、東日本大震災の被災者への義援金を募るために、みなさんから集まったモチーフで作品をつくり、販売し、売り上げの全額を「あしなが育英会」を通じて、東日本大震災に置ける震災遺児支援のために寄付しています。

震災復興への関心は次第に薄れていくでしょうが、支援活動がこの先も長く必要なことは、言うまでもありません。私たちは、小さなモチーフを編むあいだだけでも被災地のことを考える、という小さな時間を日常に持つことで、息の長い支援を続けていきたいと考えています。

トロントからはじまったこのプロジェクトを関西で始動させ、今では全国1,000人以上の方にご参加いただいています。
2020年12月現在、72,000枚以上のモチーフが全国から届けられ、プロのニッターが中心となり、日々、モチーフをつないでブランケットやショール、グラニーバッグなどの作品をつくっています。HP内のオンライン・カタログには、約700点の完成作品を掲載し、常時ご購入いただけます。

1本の糸から形ができていく編みもののように、参加していただくみなさんの思いがつながり、なにもないところから、蒔いた種がたくさんの人の手で幹になり枝になり、そして花を咲かす。TJWK関西はそんなイメージです。
つながりを大切にすることで、ひとりひとりの小さな力をつなげることで、被災された方々への一助となるよう、このプロジェクトを息長く続けていきたいと考えています。

「TJWK関西(Think Of JAPAN While Knitting 関西)」代表
制作:ニットアーティスト 笹谷史子(atricot)
運営:浅香保ルイス龍太

最新のフライヤー(2022-2023)

2022年度秋冬(2022-2023)のイベント告知フライヤーができました。
下記よりダウンロードできます!

最新のリーフレット(2021年度版)

買って支援

全国の編みもの好きの人たちから送られたモチーフは80,000枚を超えています(2022.7現在)。それらをつなぎ合わせて、素敵な作品がたくさんできました。
数えきれない人の手が入った作品だからこそ、ひとりの作家さんがつくるのには不可能なほどのたくさんの種類の毛糸が使われている作品となっています。もちろんすべて一点もの。
お買い上げいただいた売上の100%が、東日本大震災の震災遺児支援に使われます。

お求めは
ポップアップ(主に秋冬の展示・展示販売)
常設で展示販売していただいているお店
オンライン販売

オンライン販売

参加で支援

「Think Of JAPAN While Knitting関西」は、共通の編み図をもとにみなさんでモチーフを編んでもらい、そのモチーフをつないでブランケットやショール、グラニーバッグなどの作品をつくり、それらを販売し、売上の全額を「あしなが育英会」を通じて東日本大震災の震災遺児支援のために役立ててもらうプロジェクトです。

通常は、それぞれのご自宅でご自身の毛糸を使ってモチーフを編んでいただきますが、年に数回、みんなで集まってモチーフを編むイベント「モチーフ・サーキット」を開催します(現在はモチーフサーキットをおこなっていません。また、モチーフも集まりすぎているために、原則としてモチーフの募集も集まっていません。モチーフを贈られる方は、事前にお知らせください)
さらには、集まったモチーフをコーディネートし、つなげて作品にするお手伝いをする「ブランケット・ミーティング」や、ニットの技術を習得しながら自分でも編んでみたいという方には、ワークショップ「つくろう!ワークショップ」などもおこなっています。

また、作品をお買い求めの方は、オンライン販売だけでなく、実物を手にとっての作品購入の場「展示販売」や「展示」なども。
さまざまな参加の場面を用意して、あなたの参加をお待ちしています。

震災や復興支援のお話

ときどき、ゲストスピーカーをお招きして、東日本大震災に関するお話や震災復興にまつわることなどをお話しいただいています。過去のまとめはこちら。

売上の全額を寄付しています

2021年度(2021.4.1〜2022.3.31)の決算報告

モチーフの編みかた

ご自宅でモチーフを編んで送ってくれる方は、右の編み図をダウンロードしてください。(※現在、モチーフが集まりすぎて、積極的には募集をしておりません。モチーフを編んで送ろうと考えてらっしゃる方は、事前にご一報ください)

原則、ウール100%の糸を使用してください。ただし、ブランケットに適した肌触りのよいものでしたら、少々化繊が混じっていてもかまいません。
なお、アクリルたわし用の糸など(100%アクリル)はお受けできません。

●編み始めは2重のわの作り目をし、あとから中心がほどけてこないように気をつけてください。

●糸の太さは並太が適しています。中細2本取りでもOKです。かぎ針7.5/0~8/0号で編み、できあがりサイズ10cm×10cmが目安です。プラスマイナス約1.5cmの誤差は許容範囲としています。

●ブランケットやショールにする際、モチーフの両面が見えるので、美しい糸始末を心がけてください。

編みかた動画

動画には音声が含まれています。再生の際には、ご注意ください。

モチーフの編みかた vol.1

編みはじめの「わ」の作り目から1段めまでを編みながら説明しています。「わ」の作り目は動画の通り、2重にするとほどけにくくなり、望ましいです。1重の場合は、次の動画で糸始末の方法を紹介しています。

モチーフの編みかた vol.2

1重の「わ」の作り目の糸始末~2段めまでの編みかたです。編み図では、1段めの目のなかひとつひとつに針を入れるのか、または、束(そく)に針を入れるのかわかりづらい部分があるので、あやふやな方は確認していただければと思います。

モチーフの編みかた vol.3

最後の3段めの編みかたを説明しています。2段めまで編めたら、3段めは難しくないです。最後の糸端が短いととてもほどけやすいので、糸端を3cm分くらいは糸始末して、なかに入れ込んでもらえるとありがたいです。

TJWK関西

scene


ときどきメディアで紹介されます

特別寄稿「言葉を編み直す」
与謝野 有紀(関西大学・社会的信頼システム創生センター長)

3.11は、多くの言葉を奪った。たくさんの人々の言葉が災害の直接の被害で奪われ、また、その被害の巨大さを目の当たりにした多くの人々は、語るべき言葉を失った。こうして「3.11がなければ、語られ、書かれるはずの多くの人々の言葉」が失われてしまったのだが、それとは別に、以前より多く耳にし、目にするようになったいくつかの言葉は、その本来の意味を失うという形で、やはり我々から奪われてしまった。すくなくとも僕や僕の仲間たちにとって、この二重、三重の言葉の喪失は、虚無感をもたらすほどの重大事であった。
たとえば、「基準」という言葉は、辞書的に「物事を判断するときの基礎となる拠り所」と定義されている。この拠り所があるから、我々は、別の場所、別の時間に、いろいろな人々と世界を共有でき、そして、この基準から外れるという自由をも楽しむことができた。つまり、基準は、個人や社会の恣意性の外にあることで、我々の拠り所として機能していた。しかし、3.11以降、「ここから上の数値は危険」とされていた「ここ」という拠り所は、自由に動かしてよく、「ここから上も実は安全だったんです」と言っていいものだということが、みんなに明らかになってしまった。寄りかかると向こうへ倒れていく拠り所が、3.11以降の「基準」だ。
こんな例は枚挙にいとまがない。「万全」とは「まったく手抜かりなく、あらゆる点で完全」ということだったそうだが、万全を期して設定された避難範囲は、半径がいつのまにか2倍に広がっている。つまり、面積なら4倍だ。もとの面積とくらべると400-100
=300%までのずれは「手抜かりのない」設定として3.11以降、絶対に、公的に許してもらえるはずだ。
また、「事象」、「爆発」、「的」という言葉のそれぞれの意味は明快だ。でも、それを組み合わせた「爆発的事象」というのは、「爆発」なのか「爆発ではない」のかわからない。きっと、あとで「白馬は馬ではない」というように丸めこむつもりなのだろう。また、「絆」という内容豊富な、簡単に定義のできないデリケートで大切な言葉も犠牲になってしまった。いまや、「絆」は政治的な立場をあらわすシンボルとして、また責任の所在を糊塗する道具として使ってよいらしい。
説明に何頁もかかる内容をまとめた言葉、つまり、概念やテクニカルタームは、科学の拠り所だ。だれでもが、二次導関数、パレート最適…といった短いことばで、同じ内容を参照し、イメージすることができる仕組みの上に科学という営みをすすめてきた。でも、科学は、社会の一部でしかないから、社会が共有しているはずの多くの言葉がその意味を失うと、科学はもはや成立しない。こうして3.11は、しぶとい「近代」さえも簡単に破壊してしまった。
しかし、言葉を取り戻さない限り、虚無に対抗して生きていくことが、僕らにはできない。そして、言葉を奪うことはできても、それを取り戻す作業をすすめるのは、どうも政治には難しいようだ。だから、科学の基礎となるような、生活に根差した言葉がもつ意味は、人々の具体的な営みとともに再生するしかない。人々の行為を見、それを体感し、それらをある言葉でみんなが同じように呼ぶときに言葉は再生する。そして、TJWKは、こうした言葉の再生、社会の基礎を取り戻す作業だ。そこでなされる作業は、人々の「つながり」を基礎としていると言っていい。TJWKに(ほんのちょっとだが…)参加させてもらったことで、僕は「つながり」という言葉を取り戻した。TJWKは「絆」という言葉も、いずれ近い将来に取り戻すだろう。つまり、僕や僕の周りの仲間にとって、TJWKは、「ボロボロになってしまった言葉をもう一度編み上げ直す」という作業としても、大切なものだ。また、T,J,W,Kという無機質なローマ字の羅列は、いまや「TJWK」という大切な一つの言葉になった。
言葉を編み直し、言葉を紡ぎだす活動としてのTJWKと、その基礎にある、優れた人々、さらにその人たちが持っている縁に、心からありがとうと言いたい。
あっ、どうやら「ありがとう」も取り戻したらしい… ありがとうございます。

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